お知らせ:

2021年10月13日(水)

2021年度  東京教組教育研究集会  基調報告(案)

2021 教研チラシ

「教え子を再び戦場に送るな」

誰もが自分らしく生きていける社会を実現するために、子どもの人権を中心に据えた教育を構築するカリキュラムづくりをすすめよう

1.   はじめに

499人。これは、昨年度、自死してしまった子どもの人数です。この数は過去最多となってしまいました。育つことを喜びとして生きているはずの子どもが自死しなければならないなんて日本の社会、教育の在り方はどうなってしまっているのでしょう。

日本では「自力で生活できない人を政府が助けてあげる必要はない」と考える人が世界中で最も多くなっているそうです。(出典:「What the World Thinks in 2007」The Pew Global Attitudes Project)。「助けてあげる必要はない」と答えた人の割合は日本が38%で、世界中で断トツ。第2位はアメリカで28%。日本もアメリカも新自由主義的な政策を推し進めています。この政策がもたらした「格差」や「貧困」は社会不安をもたらし、「誰かに勝つ。自分だけが生き残ればいい」という「不寛容」な心をもたらします。そして、子どもたちが未来に対して希望を持つことができないという状況を生んでいます。

新自由主義的な教育政策の下、悉皆で行われている「全国学力・学習状況調査」(全国学テ)は、昨年度は行われませんでしたが、今年度再び行われてしまいました。この全国学テの実施によって学校ではテスト対策のプリント学習が日常的に行ったり、学習内容が分かりにくい子どもを特別支援学級に排除したりするなどとても教育の場とは思えない対応が行われました。全国学テの実施は教育の目的を標準テストの点数=「学力」=「グローバル市場における競争力」の向上という狭い定義に閉じ込め、学校における子どもたちの差別・選別を日常化させています。今年度から始まった「一人一台端末」の活用による「個別最適化された学び」もAIに判断できるドリル的な学習内容の向上を「学び」と定義することで学力を数値化し標準化していきます。そして、こうした流れは教育の商品化につながっていきます。

また、「点数学力」や「偏差値」など「日本型メリトクラシー」だけでなく、「生きる力」「人間性」などという言葉で表現される「ハイパーメリトクラシー」(本田由紀東京大学)による子どもたちの序列化も強力に進められています。

道徳が教科化され、子どもたちは心のありようまで学校において評価されることになりました。常に教員から評価の目で見られている子どもたちにとって学校は安らげる場でなくなっています。

子どもたちの命を守るために、社会は教育はどのように変わっていくべきなのでしょう。

2.  中教審「新しい時代の初等中等教育の在り方」がもたらす教育とは

中教審が1月に出した「新しい時代の初等中等教育の在り方」では、めざす学校教育を「すべての子どもたちの可能性を引き出す、個別最適な学びと共同的な学びの実現」とし、「GIGAスクール構想」や「小学校高学年の教科担任制」など多岐にわたる内容を答申しています。

答申では、子どもの貧困や自死、いじめなどの問題状況について触れ、「このような中で,学校は,全ての子供たちが安心して楽しく通える魅力ある環境であることや子供たちの居場所としての機能を担うことが求められている。(中略)子供 の発達や学習を取り巻く個別の教育的ニーズを把握し,様々な課題を乗り越え,一人一人の可能性を伸ばしていくことが課題となっている。」との認識を示しています。

また、標準時数に縛られることなく、柔軟に授業時数を設定することも大切だなどとこれまで私達が求めてきたような教育改革の方向が示されている部分があります。

しかし、「GIGAスクール構想」の実現に向けたICTの活用に関しては「ICTの活用により,学習履歴(スタディ・ログ)や生徒指導上のデータ,健康診断情報等を蓄積・分析・利活用する」ことやICTを用いることで、「全国の学校で CBT(コンピューターを用いた調査)を活用したオンラインでの学習診断などができるプラットフォームを構築するとともに,先端技術の持つ強みを 最大限生かし,学校現場で効果的に活用」「教育 データの収集・分析により,各教師の実践知や暗黙知の可視化・定式化や新たな知見を生成すること,経験的な仮説の検証や個々の子供の効果的な学習方法等を特定すること」などと述べられていることには注意を払う必要があります。

学校におけるICTの利活用が進めば、入学試験の代わりに日常的な学習履歴やオンラインでの学力テストが入学試験に代わるものとされ受験競争がなくなるなどと好意的にとらえる人がいますが、このような状況になれば学校生活のすべてが入学のための競争とされる危険性が生じます。

また、「個々の子供の効果的な学習方法等を特定する」をAIに判断させることで、授業実践までもがAIに提案されるという可能性が示されています。私達は、授業内容だけでなく、方法までも縛られることになります。

「個別最適な学び」に関して答申では「子供の成長やつまずき,悩みなどの理解に努め,個々の興味・関心・意欲等を踏まえてきめ細かく指導・支援することや,子供が自らの学習の状況を把握し,主体的に学習を調整することができるよう促していくこと」とさも子ども一人ひとりの伸びる方向や関心などに合わせた教育を実現するように思わせていますが、ICTを用いて「個別最適な学び」を実現するとなると教育データは標準化、数値化しなければなりません。つまり、ICTを活用した「個別最適な学び」とはAIが判断することのできる数値化可能な子どもの学習履歴に基づくものとなるわけです。

こうした、教育改革の成果がこれまで何によって測られてきたのでしょうか。そこには、全国学テ導入のきっかけとなったPISAが大きな影響を与えていることを忘れてはなりません。OECDが運営するPISAは世界の公教育の質を測るスタンダードとして使われていますがOECDはPISAを通して「世界中の公教育システムを遠隔操作し、監視、競争させ、政策誘導し、世界教育市場の拡大と活性化を促進している」(鈴木大裕 崩壊するアメリカの公教育 岩波書店)のです。

また、障がい児教育に関して答申では、「障害のある子供と障害のない子供が可能な限り共に教育を受けられる条件整備」の必要性について述べながらもあくまで、「一人一人の教育的ニーズに最も的確に応える指導を提供できるよう,通常の学級, 通級による指導,特別支援学級,特別支援学校といった,連続性のある多様な学びの場の一層の充実・整備を着実に進めていく必要がある」というインクルーシブな教育の実現には結びつかない答申をしています。

中教審の言う「新しい時代の初等中等教育の在り方」が実現されると「全ての子供たちが安心して楽しく通える魅力ある」学校が実現されるのではなく、様々な形で標準化され数値化された学習記録や「生きる力」「人間性」などの評価によって、日常的に子どもたちが差別・選別されていくという極めて過酷な教育環境となるのではないでしょうか。

3.COVID-19の感染拡大で露呈した差別と排除 悪化する教員の「働き方」

昨年、今年とCOVID-19の感染拡大は、歯止めがかからず全く先の見えない状況が続いています。こうした状況でも政府は「Go Toキャンペーン」実施や「東京オリンピック」開催ばかりに執着してきました。昨年2月の突然の「一斉休校」、「休業補償」も「生活保障」も伴わない「休業要請」などによって国民の人権は著しく侵害されました。

特に、女性や子ども、外国人、非正規社員や学生をめぐる人権環境は悪化しています。女性の人権に関する問題としては、DVの増加、非正規社員の不平等、自死率の増加など生命にかかわる深刻な問題があります。また、外国人の人権に関しては「〇〇人お断り」「ヘイト」、非正規滞在者の収容問題、学生に関しては、COVID-19の感染拡大による困窮、学ぶ機会の喪失。また、困窮する学生に対して最高20万円を給付した日本政府の支援制度に絡み、朝鮮大学校の学生が対象から排除された問題などがあげられます。

そして、子どもに関しては、外出「自粛」による家庭内のストレスが子どもに向かっているケースや休校中の無理な家庭学習の押しつけや学校再開後に遅れを取り戻すための駆け足授業、長期休業の短縮などの無理強いが続き、「コロナいじめ」などCOVID-19感染症にかかわる差別問題も生じました。

いつCOVID-19の感染が収束するのか分からない不安な状況では人間は不寛容になります。この不寛容さは弱い立場にいる人たちへの抑圧、差別へとつながっていきました。

藤川伸治(NPO法人「共育の杜」理事長)らの調査によると新型コロナウイルス感染防止と学習の遅れを取り戻すため、教職員の負担が増し「疲労度は極めて深刻で、児童生徒にも影響が及ぶ」と長時間労働の改善などを文科省の記者会見で訴えました。

調査は7月10~26日、共育の杜が運営するフェイスブックのグループ「心の職員室」のメンバーや、その協力者らにインターネットで実施され、東京、埼玉、千葉、神奈川など7都府県を中心とした公立小中高校、特別支援学校の教職員ら約1200人が回答しました。

調査結果では、回答した教頭・副校長(38人)の68.4%、主幹教諭(68人)の58.8%、教諭(955人)の56.8%が月80時間以上の時間外労働をしていました。教職員給与特別措置法(給特法)の改正などで残業時間の上限とされた月45時間を超えて学校内で時間外勤務していた教員は61.6%でした。そして、疲労やストレスなどで、「子どもの話をしっかり聞けなくなる」と感じている教員や「必要以上に子どもを叱ってしまう」と感じている教員も出てきています。つまり、教員の働く環境の悪化が子どもたちに対しても深刻な影響を与えているのです。

COVID-19の感染が子どもたちにも拡大した2021年の夏。2学期には多くの学校でオンライン対応などこれまで行ってこなかったとりくみが行われました。脆弱な通信環境によって通信が途絶して予定していた授業が行えず、学習の予定を何度も修正しなければならなかったり、プリントの印刷に忙殺されたり分散登校や分散給食などに教職員も子どもたちも振り回されました。教職員の負担は更に増し、教育環境は悪化の一途をたどっています。

4.「子どもの権利」を中心に据えた教育を

  今年8月に行われた「関東ブロックカリキュラム編成講座」の講演で、元大空小学校校長の木村泰子さんが、「子どもを育てる学校」から「子どもが育つ学校」にというテーマでお話されました。

この中で、木村さんは「私達教員は、どんな個性の子もすべての子が自分らしく、人に合わせるのではなく、自分らしく行動できる土俵を作ることを大切にすべきです。誰もが自分らしく生きていていいという社会にするためにこのように学校は変わらなければなりません。」と語りました。

  また、7月に行われた東京教研学習会において、池田賢市さん(中央大学教授 東京教研理事長)は、学校において子どもたちが教員の評価のまなざしから自由でいられるということが、子どもの人権を守るために大切だと話しました。また、「その人がどのような知識・技能をもってるかとは関係なく、生存権はしっかりと保障されていなくてはならない。一方的に基礎的だと宣言されたものを習得しなければ生きづらくなるなどという状況は人権侵害である。」と著書「学びの本質を解きほぐす」で述べています。

昨年の基調報告でも書いたように子どもの権利委員会が行った日本の第4・5回統合定期報告書に関する総括所見(2019年1月14日~2月1日に採択。)では、「ストレスの多い学校環境(過度に競争的なシステムを含む)から子どもを解放するための措置を強化すること」や「子どもに対して現実に行なわれている差別を減少させかつ防止するための措置を強化すること」などの指摘がなされていました。これらの指摘は学校においてはまず、子どもの人権が守られるべきであるということを表しています。

私たち教員はともすれば「子どもの学習権の保障」の名の下に、子どもたちを「学力」競争に駆り立てたり、様々な規則を押し付けたりしてしまっているのではないでしょうか。「勉強ができなくたって学ぶ権利はある」「仕事をすることができなくたって生きる権利はある」という当たり前のことに目を向け、この社会と教育の在り方をしっかりととらえなおさなければ「誰もが自分らしく生きていていいという社会」は実現できません。

5.そして私たちが考えとりくむべきものは何か

教育におけるICTの活用という教育改革の流れは止めようがありません。しかし、先に述べたようにICTの活用が子どもの学ぶ力を標準化し数値化し矮小化したり、教員の様々な知見を陳腐化していくような使われ方をしたりすることに対して私たちは反対していかなければなりません。それでも、SNS時代のコミュニケーションのより良い在り方や様々な情報の中から事実を見出す力などは子どもたちに育てていく必要があります。

新自由主義の台頭により、社会のあらゆる側面がビジネスの支配下に置かれるこの時代、「消費者である私」ではなく、「市民である私」、「私の子ども」ではなく「私たちの子ども」というビジョンを共有することで、教育を通して民主主義の再生に取り組む必要があります。

そのために私たちは学校教育を通して、子どもたちが「人としてより良く生きるとはどういうことなのか」ということを考え、人と人とのつながりの中で、皆が幸せに暮らすことができる社会の実現に向けて主体的に行動できるよう育てていくことが大切なのではないでしょうか。

新自由主義的な教育改革が格差を限りなく拡大させていったアメリカにおいて「底辺」のチュータースクールで講師をしていた林 壮一さんは学ぶことから逃避する高校生たちに何度も裏切られながらも学ぶ意味を問いかけるような実践を続けました。(アメリカ 下層 教育 現場)元大空小学校校長の木村泰子さんも始業式で式場を駆け回るような子を「問題児なんていたらだめじゃないか。」と思ってしまった自分を恥じそういう自分の過ちを全校の子どもたちの前で謝り、その後はこうした問題児たちに寄り添ったとりくみを行うようになったそうです。

新自由主義的な教育改革が進行し、COVID-19の感染が治まらないという危機的な状況である今だからこそ、子どもたちの多様性を大切にし、人同士がつながり、平和的に様々な問題を解決しようとする社会の実現を子どもたちとともに創り上げていくという、これまで組合が教研活動で取り組んできた教育研究の価値を今こそ輝かせなければなりません。

みんなが幸福に生きていくことができるという憲法の理念を実現した社会を創るために私たち教職員はどのような教育の未来を考え、実践を作り上げていけば良いのか教研集会を通して共に考え、実践していきましょう。

2021年度 分科会レポート

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