「日朝教育交流のつどい」は、本日、回を重ねて、四一次となりました。
第二次世界大戦直後の困難な状況の中で、朝鮮学校は各地に誕生しました。筆舌に尽くしがたい苦労にもかかわらず、朝鮮学校を支えたのは、「わが子たちに、母国の言葉と民族の歴史を学ばせたい」というオモニやアボジたちの切なる願いでした。
しかし、文部省は一九四八年と四十九年十月に「朝鮮学校閉鎖令」を出し、朝鮮学校を弾圧しました。一九六五年の文部事務次官通達では、「朝鮮学校を、一条校はもちろん、各種学校としても認可すべきではない」と朝鮮学校の存在意義をも否定しようとしていたのです。こうした日本政府の弾圧や差別、日本社会に根強く残る民族差別や偏見・無理解と闘いながら、朝鮮学校はその歴史を築いてきました。
私たちの先輩たちが四十年前「まず、知り合うことから始めよう」と、「教育交流集会」を始めたのは、一九七五年のことです。このころ朝鮮学校は、自らの闘いと、朝鮮学校を支援する粘り強い運動の後押しにより、ほぼすべての自治体で「各種学校」として認可され、東京都が先鞭となる形で、補助金の支給も行われるようになりました。その後も、スポーツやJRの通学定期券割引問題などの部分では、差別的取り扱いが是正され、各地域での交流も進んできました。
しかし、朝鮮初級学校や中級学校に通う子どもたちは、学校保健や交通安全対策などの行政サービスから未だに排除され、朝鮮学校への寄付が「税控除」されないという税制面での差別が続いています。また安倍政権は、民主党政権時代に導入された「高校実質無償化制度」から朝鮮高校を制度的に除外しました。さらに「朝鮮学校への補助金カット」が東京から始まり、他の自治体にも波及しています。このような、国や自治体による歴史を逆戻りさせるあからさまな差別が、心ない人たちによる在日の人々や朝鮮学校に対する嫌がらせ行為を助長していることは明白であり、到底ゆるすことはできません。国連人種差別撤廃委員会は、昨年八月に行なった日本政府に対する勧告の中で「ヘイトスピーチ・憎悪犯罪」への対応を求めただけではなく、朝鮮学校の問題も取り上げ「締約国(日本)の法規定及び政府活動によって締約国における韓国・朝鮮系の子どもたちの教育を受ける権利が阻害されていることを懸念する。」とした上で「委員会は、締約国がその立場を見直し、自治体による朝鮮学校への資金提供を再開させ、また、高等学校就学支援金からそれぞれの朝鮮学校に見合った補助金額を提供することを推奨する。」と述べています。
こうした状況下にあって、私たちが四十年にわたってとりくんできたこの「日朝教育交流のつどい」には、かつてないほど重要な役割と責任が求められています。授業参観・全体会で学んだことを、職場・地域に持ち帰りましょう。それぞれの地域から、それぞれの職場から交流・支援の輪を広げていきましょう。各地域に朝鮮学校支援の組織を根付かせ、地道な交流を積み上げていくとともに、一日も早く「朝鮮高校の無償化適用・自治体の財政支援の再開」を勝ち取り、民族差別のない社会の実現をめざしましょう。
そしてまた来年、「第四十二次日朝教育交流の集い」でお会いしましょう。
二〇一五年 二月十五日
第四十一次 日朝教育交流のつどい
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2015年3月9日(月)